Die Letzte Kampfgruppe のブログ(試行中)


 2026年4月30日(木曜日)

 「ゴジラ博 in 新潟」を見てきました。
 会場に入って最初に展示されていたのは、初代ゴジラの再現スーツでした。

 3式機龍〈改〉とゴジラです。 様々な撮影スーツが展示されていましたが、ゴジラの表情は、どれも違って見えました。

 ゴジラ-1.0のミニチュアセットです。 映画のワンシーンを再現した写真が撮影できました。

 撮影する方向や高さによって印象が違います。

 新潟市の「いくとぴあ食花」にも行ってきました。

 少し見頃を過ぎていました。 5月末頃からは、バラが見頃を迎えるようです。

 日本庭園です。 イングリッシュガーデンもありましたが、バラの開花時期は見所になると思います。


 2026年4月24日(金曜日)

 新潟県を観光してきました。
 新潟市にある「水の公園 福島潟」です。 一面、菜の花畑となるようですが、少し遅かったようです。

 「胎内市チューリップフェスティバル2026」を見てきました。

 一面、黄色の菜の花です。

 菜の花の向こう側には、チューリップが見えます。

 鮮やかな赤色です。

 天候にも恵まれて、鮮やかな花色を楽しむことができました。

 新発田市の「藤塚浜海水浴場」です。 近くを通ったので、海も見てきました。


 2026年4月21日(火曜日)

 茨城県日立市の親戚方に行ってきました。
 茨城県の親戚方に行く時には、その途中の観光地などを見て行くことが多いです。 JR大子駅前には、水郡線を走っていたC12型蒸気機関車が展示されていました。 再塗装が施されており、保存状態は良好です。

 いわき市の「勿来の関公園」の展望台から海を見た様子です。 木々が生い茂り、海が見え難かったです。

 勿来の関公園を北側に降りてきたところ、「風船爆弾基地図」の看板を見付けました。 左側の石碑は、山口茂吉の歌碑で、戦跡とは無関係のようです。

 看板の説明です。 太平洋戦争当時、旧日本軍はアメリカ本土の攻撃のために、いわき市などから気球爆弾を放球しました。 現存している遺構は少なく、見付けることは難しいようです。

 いわき市の岩間海岸に立ち寄りました。 東日本大震災が発生した当時、私はいわき市南部に住んでいました。

 震災の記憶と震災からの復興を祈念してデザインされた「祈念階段 偲ぶ」です。 海岸側から見るとテラス型の階段になっています。

 階段の上から見た岩間海岸です。

 当時、ここには、コンクリート製の防潮堤がありましたが、大津波を防ぐ目的で構築されたものではなく、高潮や海砂の吸入を防ぐためのものでした。 現在は大津波に備えた盛土と防潮林の防災緑地に整備されました。

 15年振りに岩間海岸に行きました。 震災発生の翌日、災害救助などのために、この地域に入りました。 海岸に構築されたコンクリート製の防潮堤は倒壊し、住宅は瓦礫と化して行く手を阻みました。

 倒壊した防潮堤の一部が、震災遺構として保存されていました。

 当時の様子は、当HPの「ミリタリー関連・その他の記事」 → 「東日本大震災体験記録」のページで紹介しています。

 耶麻郡猪苗代町の日没前の様子です。 逆光で分かり難いのですが、黄砂の影響で遠方の山々が霞んで見えまました。


 2026年4月18日(土曜日)

 北塩原村の裏磐梯に行ってきました。
 北側から見た磐梯山と桧原湖です。 曇っていますが温暖な気候でした。


 2026年4月12日(日曜日)
 陸上自衛隊 郡山駐屯地創立73周年記念行事を見てきました。
 福島県内の駐屯地で近いのですが、郡山駐屯地祭を存分に楽しんで見られたのは7年振りです。 昨年は都合が悪く、駐屯地に入場する時間も遅れ、「第五回東北サバゲ魂」と日程が被ったので、思うように見られませんでした。


 2026年4月9日(木曜日)

 喜多方市の「日中線のしだれ桜並木」を見てきました。 4月9日から4月23日まで「喜多方さくらまつり」が開催されます。
 温暖な一日でした。 飯豊連峰には深い残雪が見えます。 この日の喜多方市内の桜は七部咲きから満開でした。

 日中線の始発駅はJR喜多方駅だったので、そこから歩いて廃線跡の風景を見て歩きたかったのですが、これから遠路を走破する予定だったので、約220m離れた「しだれ桜散歩道」の始点から見ることにしました。

 この歩道は、昭和59年に廃線となった旧国鉄路線の日中線の線路跡が転用されています。 蒸気機関車C11展示されています。

 しだれ桜並木です。

 現在の散歩道の終点です。 始点から約3km北端まで歩いて来ました。 桜並木は日中線の終点だった熱塩駅跡まで植樹が進められています。

 始点まで戻った後、自動車で日中線跡を見ることにしました。 上三宮駅名標を発見しました。 日中線は喜多方駅から会津村松駅、上三宮駅、会津加納駅、終点の熱塩駅まで続きました。 熱塩駅は現在「日中線記念館」として保存されており、昨年8月16日の当ブログで紹介しています。

 この場所は、JR喜多方駅から直線距離で約4.8km、上三宮駅跡から約750mの位置にあります。 旧熱塩駅に向かって植樹されて桜並木が延伸していることがわかります。 これから育ち見頃を迎えるまでには、数年は掛かりそうです。

 喜多方駅から熱塩駅跡まで片道11.6kmもあります。 日中線跡の一部は県道や私有地などに変化しています。 歩くには遠いですが、市内からならママチャリでも適当な距離で余暇を楽しめると思います。 喜多方市では、「KITAKATA CYCLING SITE」でサイクリングコースを提案しています。


 2026年4月8日(水曜日)

 鶴ヶ城公園に行ってきました。
 温暖な日が続いたので満開でした。

 桜に溢れた鶴ヶ城を見られるのは、今だけです。 露天も出店していたので、団子などを食べて春を満喫しました。

 磐梯山はまだ積雪が残っています。

 鶴ヶ城公園の周辺には、多くの記念碑を見ることができます。 『文学碑二等兵物語 「二等兵の哀歓 ここに」 三義』と読めます。 ネットで調べたところ、映画化されており、原作者の故梁取三義氏は南会津郡只見町出身で、その縁もあったのかと思います。

 傷痍軍人の碑です。 その側には「シベリア強制抑留者慰霊碑」もありましたが、別の機会に紹介します。

 若松聯隊記念碑です。 昭和36年に建立されたもので文字がはっきりとして読み易いです。 明治29年に仙台に新設された歩兵第29聯隊が移駐されたことや、その後の戦跡などが説明されています。